「十中八九失敗する新規事業、どう説得する?」

「新規事業なんて十中八九うまくいかないのに、「出島の会社なんて存続できるのか?」―ハウス食品の藤井氏が社長から突きつけられた厳しい現実。そこから同氏は独自の出島組織あり方の検討へと動き出しました。

5月20日のCOMMIT研究会では、こうした教科書には載っていない生々しい新規事業の現実が次々と明かされました。登壇したのは、ハウス食品で出島組織を立ち上げた藤井氏、小野薬品工業の三戸氏、旭化成OBの山下氏です。

「プロダクトのオセロゲーム」からの脱出

「スーパーの棚はほぼ固定化されていて、プロダクトのオセロゲームをしている状況」。藤井氏が表現したハウス食品の現状は、多くの成熟企業が直面する課題そのものです。バーモントカレーやとんがりコーンで知られる同社も続くヒット作はなかなか生み出されません。新たな成長エンジンが求められる中、2020年に社内新規事業プログラム「GRIT」を開始しましたが、「既存事業の制約」「社内承認重視」「スピード感の欠如」という壁にぶつかりました。

そこで藤井氏が選んだのが出島会社「パッチワークキルト」の設立でした。経営層への説得プロセスには約1年を要しましたが、段階的な課題共有と解決策提示により承認を得ることができました。

医薬品業界の規制という高い壁を避ける

一方、小野薬品工業の三戸氏が直面したのは医薬品業界特有の規制でした。ドクターへの無償サービス提供が公正競争規約違反となるリスクを避けるため、当初はVCからの資金調達も検討しました。しかし「うまくいかない時の畳み方が問題になる」というコンサルタントの助言で断念し、子会社設立を選択しました。

興味深いのは実務レベルでのメリットです。「本体はWindowsとMicrosoft縛りだが、子会社ではMacとGoogleを採用。顧客インタビューでも、主婦や高齢者にはZoomよりLINE通話の方が馴染みがある」。こうした柔軟性が、顧客に寄り添ったサービス開発を可能にしています。

「石油から肉を作っている???」1980年代の苦労

最も歴史のある取り組みを語ったのが旭化成OBの山下氏です。1980年代は、化学系企業が新規に食品事業や医療機器事業を始めると、競合がわざと「石油から肉を合成している」とか「輸入部品を組み立てているだけ」という誹謗中傷を流すような時代だったので、旭化成のブランドイメージ自体が問題でした。そのため旭味や冷凍食品の事業は「旭フーズ」、人工腎臓やMRIの事業は「旭メディカル(現:旭化成メディカル)」という子会社名にして、あえて親会社のブランドを使わない戦略をとった事例もあります。また化学プラント系の工場地区では、安全管理業務に費やす時間比率が非常に高い文化的背景があり、既存事業より組織人数が少ない新規事業でも、組織ごとに同等量の安全業務が発生して安全担当者が疲弊するという問題も起きるため、化学系ではない新規事業領域では、物理的に場所を分ける「出島」も活用してきました。

「社長の奥様経由」で評価が変わった瞬間

参加者が最も反応したのは、藤井氏の「外部評価エピソード」でした。新規事業のリリースを事前報告なしで出したところ、たまたま社長の奥様の知り合いがそれを見て「素晴らしい取り組み」と評価しました。その話が社長に伝わり、「頑張ってください」とはっぱをかけられたといいます。

「社内で何度説明してもわかってもらえないことが、社外、特にBtoB事業では顧客から言われると突然納得してくれることもあるので、社内説得より社外PRや顧客に応援してもらう戦略が有効だった」―山下氏のコメントに、多くの参加者が頷いていました。

「給料は特に上がらない」インセンティブ設計の哲学

意外だったのは、新規事業担当者へのインセンティブについてです。三戸氏は「親会社の本部長と子会社の社長を兼務していたが、給料は特に上がらなかった」と明かしました。その理由は明確です。「オプジーボ(がん免疫療法薬の名称)は年間1500億円を生み出す。新規事業だけ特別扱いしたら、『既存事業より新規事業が重要』というメッセージになってしまう」。

実践知の共有が生む価値

今回の研究会で印象的だったのは、参加者からの率直な質問と、それに対する登壇者の包み隠さない回答でした。「経営層の関心をどう引くか」「VCとの付き合い方」「距離感の維持方法」―こうした実務的な課題について、実際に手を動かしてきたリーダーから直接学べる貴重な機会となりました。

参加者からは「こういうクローズな場でしか聞けない内容も聞くことができ、非常に参考になった」「社内の合意形成をする際の勘所を窺えたのが非常に有益」といった声が寄せられました。特に印象的だったのは「決して先進的で、やりやすい企業ではなく、極めて保守的な面も持つ企業で実行した例は大変参考になる」というコメントです。きれいな正解はなく、担当者と上位者が悩みながら進めている現実が、多くの参加者の共感を呼びました。

「出島組織に正解はない。各社が自社に最適な距離感を模索している」―これが2時間の議論から得られた結論でした。しかし、その模索過程で生まれた知恵や工夫、失敗談や成功体験こそが、新規事業に携わる人々にとって最も価値のある学びとなっていました。

COMMIT研究会では、こうした生々しい現場の声を直接聞き、同じ課題を抱える仲間と議論する場を提供しています。理論ではなく実践知の共有が、新規事業創出の現場に新たな視点をもたらしていきます。参加者の一人が「『とても手堅く、ある側面では保守的』な会社であっても事例が出せる、というのは業界的にとても励みになる」と述べたように、この場から生まれる勇気と知恵が、日本の新規事業創出を前進させることを事務局一同願っています。

COMMITについて

COMMITは、新規事業を通じて会社を変えていきたいという課題認識を持つ大企業・伝統企業の新規事業部門責任者に対して、実務経験豊富な経験者の暗黙知を提供し共に学び合うコミュニティです。詳細はプレスリリースをご参照ください。

なお、研究会のお知らせはメールマガジンを通して行なっております。

ご希望の方はIntraStarのメールマガジンにご登録ください