「PoCの評価は非常に高かった。ただ、本予算のほうはまだ通っていない」

この報告を、二度・三度と別のPoCについて繰り返している新規事業責任者は少なくないはずだ。技術検証は成功、参加者の反応も良好。それなのに、次に来るはずの本実装フェーズへは進まない。

原因は、PoCの出来にはない。

PoCが繰り返される構造

PoCが評価しているのは「これは動くか」「需要はありそうか」という技術・需要の存在証明だ。一方、本実装に進むかどうかを決めるのは、まったく別の問い——「この投資は回収できるか」「事業として拡大できるか」——に対する答えである。

この二つの問いは、判断する基準も、判断すべき立場も違う。PoCの合否は現場のプロジェクトチームで完結できるが、本実装への投資判断は、事業部門を超えた予算配分の権限を持つ立場でなければ下せない。

ところが、多くの組織はPoC着手の段階で、この投資判断を誰がいつ下すのかを決めていない。PoCが成功すれば自然と次の扉が開くと期待して走り出す。扉の向こうに鍵を持つ人がいないまま、検証だけが積み上がっていく。

「死の谷」という既知の枠組みとの接続

研究開発マネジメントの分野では、技術シーズが実用化・事業化に至る過程で資金と支援が途切れる段階を指して「死の谷」と呼ぶ議論が古くからある。PoCと本実装の間で起きている停滞は、この死の谷が組織の意思決定構造の中に姿を変えて現れたものだと言える。

技術面の死の谷は資金調達の難しさとして語られることが多いが、社内新規事業における死の谷は少し違う形を取る。資金そのものは存在する。存在しないのは、その資金を動かす権限を持つ人物が、PoCの結果を見て判断する役割として事前に指名されていないという一点だ。

PoCを企画した現場は、検証の設計はできても、投資判断の権限までは持っていない。投資判断の権限を持つ経営層は、そもそも自分がいつ判断を求められるのか把握していない。誰も悪意を持って止めているわけではないのに、判断そのものが宙に浮く。

投資判断のゲートを事前に設計する

この停滞を避ける方法は、PoCの技術的な精度を上げることではない。PoCに着手する前に、「このPoCが目標水準を満たしたら、誰が、何を基準に、本実装の予算を判断するのか」を一文で言語化しておくことだ。

判断者の役職名、判断に使う基準(回収期間の目安、想定市場規模の下限など)、判断のタイミング(PoC終了何週間以内か)。この三つが着手前に決まっていれば、PoCの成功はそのまま次のゲートへの入場券になる。決まっていなければ、成功は宙に浮いたまま、次のPoCの計画だけが積み上がっていく。

もっとも、投資判断者を事前に指名する作業は、現場の新規事業責任者だけでは完結しない。経営層の側にも、「PoCの結果を見て自分が判断する」という役割を引き受ける準備が要る。ここを曖昧にしたまま検証だけを重ねる組織は多い。

今動いているPoCの、次のゲートは誰が持っているか

新規事業がPoCを繰り返して終わるのは、事業のアイデアが弱いからではない。検証と投資判断のあいだに、渡す相手のいないバトンが置かれているからだ。

今、自部門で走っているPoCについて、次の投資判断を握っているのは誰か。着手前に、その名前を思い浮かべられるだろうか。

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